林原類人猿研究センター(通称GARI)は、岡山県玉野市の出崎半島にあります。
ここでは、8人のチンパンジーが研究のパートナーとして暮らしています。
そんな彼らの暮らしをちょっぴりご紹介します。

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7月8日に、6才の誕生日を迎えたナツキ。
(詳細は前回のえにっき参照)
ずっと類人猿研究センター(通称GARI)の私たちのもとで、
ロイ、ジャンバ、ミズキ、ミサキ、ハツカ、イロハ、
そしてお母さんのツバキというチンパンジーのみんなと
一緒に暮らしてもらいたい気持ちはありますが、
だんだんとお嫁に出さなければならない日が近づいてきています。
今回は、そんなナツキに対する思いを、こんな歌にしてみました。
さだまさしさんの「関白宣言」の歌詞を替え、ナツキの「婚活宣言」を書いてみました!!
今の私たちの思いが詰まっています。
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『婚活宣言』
ナツキを嫁に 行かせる前に 言っておきたい 事がある
かなり厳しい 話もするが 俺の本音を 聴いておけ
嫌いなものを 残してはいけない
好きなものばかり 食べてもいけない
お前はイモが好きだ サツマイモは特に好きだ
でも気をつけろ 喉につまるから
忘れてくれるな お前の 父母(ちちはは)は
肥満の体質 お前も 肥満予備軍
それでもやっぱり おいしく 食べられることは
しあわせのしるし だから 満腹にさせてやりたい
お前はここで はじめて生まれた GARIで最初の 二世代目
みんながお前を 大事に思う とてもかわいい 写真も多い
この広い場所で いつもお前は 走り回り 大きくなった
近頃 男(オス)に人気 でも実はお前 ロイじゃなくて ジャンバ好きだろう?
忘れてくれるな 恐いロイも 変なジャンバも
もちろん俺らも みんなお前が 好きだってこと
お嫁に行っても そこには 仲間がいて
走り回れるようにしたい それが俺らの 責任だから
お前はいつも 元気いっぱい 五体満足 健康優良
病気も怪我も これまで無縁 これからも無縁 そう願うばかり
ツバキはお前を ひとりにしない だからお前も ひとりを知らない
お前が元気で いられる素は
母の愛情 俺らの愛情
忘れてくれるな ツバキは 24時間
お前を見守る やさしい 母親なのだから
いつかはお前も 子を産み 子を育て
母になれたらしあわせ 俺らにとっても しあわせだろう

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「ナツキもずっとGARIで、他の子と同じように、しあわせにしてあげたい」
本当はそんな心境です…。でも、血縁のことを考えるとそうもいきません。
ナツキのことはもちろん、国内にいる飼育チンパンジーが
みんなしあわせに暮せるよう、
飼育に携わる人間が努力していかなければいけません。
本物の「関白宣言」は、改めて聴くと、本当にいい歌でした。
さだまさしさん、ナツキがお嫁に行く日までに、この「婚活宣言」も歌ってもらえますか??
7月8日、ナツキが6才の誕生日を迎えました。
ナツキは毎日、よく食べ、よく遊び、
よく赤ちゃんの面倒を見て、よくいたずらをする、
とても元気な女の子です。
ナツキの元気っぷりはこんな行動にも表れています。
類人猿研究センター(通称GARI)の運動場には
大きな池があります。
その池には、体長20pくらいのクサガメが
2〜3匹住んでいて、
夏になると、池からカメたちが何十メートルも歩いて、
建物の近くにまでやってきます。
当然、チンパンジーたちとカメは運動場で出くわします。
ナツキ以外のチンパンジーたちは、
のっそのっそと歩くカメにびっくりしたり、
遠巻きに見つめるくらいなのですが、彼女はというと…。
はじめはびっくりしていましたが、
そのうち、カメの甲羅に何度も何度もパンチをしていました。
得体の知れない生き物にパンチする度胸があるのは、
元気なナツキくらいでしょうか(笑)。
さて、そんなナツキの性皮が腫れ始めたことは、一年前のえにっきでお伝えしましたが、
最近は、一年前よりさらに性皮がふっくらとしてきました。
(詳細は2010年7月のえにっき参照)

(左…昨年のナツキの性皮 右…今年のナツキの性皮)
とはいえ、スタッフの目から見れば「まだまだお子ちゃま」な性皮です。
でも、どうやらチンパンジーのオスたちにとっては、かなり魅力的らしいのです。
最近では、オスのジャンバ、ロイのふたりともと交尾をしています。
ジャンバはいいとしても、ロイはナツキのお父さんです。
普通に考えると、とても複雑な気持ちになりますが、
本人同士は認識していないので、
なんとも言いようがありません。
野生では、性成熟を迎えたメスは、
生まれ育った群れを出ていきます。
ナツキもそろそろお嫁に出なければいけない
時期なのかもしれません。
その表れなのでしょうか。
ナツキは最近、「ひとりで山へでかける」など
単独で行動することも増えてきました。
“ナツキもいつかはGARIを出ていかなくてはいけない”
そのことを考えると、頭ではわかってはいるものの、やはりさみしくもあります。
お母さんのツバキのおなかにいる時から
チンパンジーで世界初観察となった
4Dエコー(超音波画像診断機)で、
手に取るようにナツキのことを知っていて、
出産から今までずっとずっと愛情を
注いで育ててきたナツキをお嫁に出すのは とてもさみしい気持ちです。
まさに親の心境ですね…。
ふと、今のこの気持ちを、違った形で、
ナツキに、そしてみなさんに伝えてみたくなりました。
そこで思い付いたのは!
つづきは次回までお楽しみに(笑)
2010年9月のえにっきでご紹介した、“おっとりさん”イロハ。
(詳細は2010年9月のえにっき参照)
もうすぐ3才を迎えるイロハに、最近、変化が表れてきました。
このダルマさんのようなおなか!
なんとイロハのおなかです。
5月中旬。本当に突然、イロハの食欲が増してきたのです!
それまでは、基本的にミズキ母さんのおっぱいが大好きで、
その他は、食べたい気分の時に、スタッフから食べたいものだけを受け取って、
マイペースに食べる子でした。
そうしてのんびり食べていると、お母さんに横取りされるという、
“おっとりさん”の毎日でした。
ところが、ある日。
急にイロハが、食べ物の入ったトレーの前に陣取り、
「ちょうだい」「まだちょうだい」と
アピールするようになったのです。
スタッフの間でも話題になりました。
「イロハの食欲、最近すごくない?」
「そうそう、大人と同じくらい食べますよね。」
「おなかに虫でもいるんじゃないの?」
検査の結果、イロハの便からは虫は出てきませんでしたが、
イロハの腹の虫はいつも鳴いているようでした。
いつも、食べ物のトレーにぴたっとくっつき、
スタッフがトレーを移動させるとイロハも移動します。
食べ物をもらうためなら、“きちんと”座ります。
これまでは、なかなかじっとしていられなかった
「検温のため体温計を脇にはさむ」ことも、
「心拍をとるために胸に聴診器をあてる」ことも、
食べ物をもらうためなら余裕!
じっとしてくれています。
夕食の時間もイロハは食欲旺盛です。
お母さんが手に持っているキャベツに勝手にかぶりついたり、
お母さんが食べているグレープフルーツをおねだりしたり…。
残念ながら、ミズキ母さんも食欲旺盛なので、
そう簡単には手に入りません。
そんなときイロハは「フーフー」と悲しい声を出して泣き落とし作戦。
それでも、もらえないことの方が多いのですが…。
とにかくイロハの頭の中は、このところ、
いつも「食」「食」「食」という字でいっぱいのようなのです。
おかげで、気づけばイロハのおなかはダルマさんのよう!。
ただいま12.0キロです!(5月末時点)
毎日すごーくよく食べ、よく寝て、よく遊んでいるイロハは
健康そのものです。
“おっとりさん”だったイロハは、今では“ダルマさん”(笑)。
“ダルマさん”の次はどんな風に成長していくのでしょうか?
これからがますます楽しみです。
人工保育のハツカを母親のミサキと同居させることにした2010年12月14日、夜。
二人の同居部屋となった“行動学実験室小ブース”には、それからまる一日、
スタッフ数人が一緒に部屋に入り、常にそばにいました。
なぜ、スタッフがそばにいたか。
…それは、ハツカの本当の母親はミサキであるにもかかわらず、
ハツカにとっての母親はスタッフだったからです。
野生下でも飼育下でも、
赤ちゃんのそばにはいつも母親がついています。
5才になる類人猿研究センター(通称GARI)のナツキも、
いまだに母親のツバキと一緒でなければ、
実験室には入ってきません。
それほど、チンパンジーの母子は結びつきが強いのです。
12月15日、午前10時。
ミサキとハツカを同居させてから、半日以上が経ちました。
お互いに少しは慣れたのか、ハツカはミサキが近づいてもビクビクしなくなりました。
それどころか、スタッフが複数いてくれることに、
なんだかウキウキとしていました。
はしごからジャンプしたり、ワラの上を走りまわったり、
ハツカは大忙しです。
もう一方のミサキは、緊張からまったく食べなかった昨夜に比べると、
徐々に食欲が出てきました。
時々ハツカに触れることもあり、ミサキとハツカの関係に良い兆しはあるものの、
やはり群れから離れたことへの不安が大きいのか、
常にそわそわとして落ち着かない様子でした。
ハツカの心の安定は、
スタッフが同じ部屋にいることで保たれています。
ミサキの不安も、スタッフが声をかけたり、
体をさすったりして落ち着かせています。
スタッフがいれば、問題なく過ごせそうなふたりですが、
私たちは、この日の夜からミサキとハツカをふたりきりにするつもりでいました。
そして、その準備もしていました。
これまでハツカは常にスタッフと一緒にいました。
でもこの先、ミサキと一緒に暮らすとなると、チンパンジー専用の扉や通路を通るということを覚えなければいけません。
“行動学実験室”には、大小ふたつの部屋があります。
ふたつの部屋の間には、チンパンジー専用の扉があります。
スタッフが部屋の外から扉を開閉し、
間接的にチンパンジーを移動させることができるように
なっています。
ミサキは何度もこの扉を通ったことがあり、
「扉が開いたら移動をする」ということが分かっていますが、
ハツカは通ったことがありません。
そこで、昼間、ミサキとハツカに、
行動学実験室の小さい部屋“小ブース”と、
高さ4メートルある大きい部屋“大ブース”を移動する練習を
させました。
また、行動学実験室の大ブースと小ブースの間の窓に、
間接的にハツカにミルクをあげられるように、
丸い穴をあけました。
こうして、スタッフが遠ざかる準備を進めていたのです。
12月15日、午後3時。
大ブースには、ミサキ、ハツカとスタッフがひとり。
ミサキは相変わらず落ち着かない様子で、
スタッフにおんぶをせがみます。
スタッフがミサキをおんぶすると、
ハツカが「フフフ…」とさみしい声を出して、
「私をかまって!」とアピール。
仕方なくミサキのおんぶを断ると、ミサキはあきらめた様子で、
部屋の高いところに上ってしまいます。
ミサキとスタッフ、ハツカとスタッフの交渉があるばかりで、
肝心のミサキとハツカの交渉に進展は見られませんでした。
それどころか、ハツカは「そろそろ、いつもの部屋(スタッフの部屋)に帰ろう!」とばかりに、
スタッフの手をひいて帰るそぶりをはじめました。
スタッフひとりでは、ふたりともを安心させてあげられません。
午後7時40分。
再びスタッフ数人がミサキとハツカのいる部屋に
合流しました。
みんなでミサキとハツカと一緒に横になって
落ち着かせました。
そして、コソコソとこの先どうするか話し合い…。
ハツカがうとうとしはじめたのを確認してから、徐々にスタッフが
部屋から出ていくことにしました。
スタッフが部屋から出ていくところを、ハツカに気付かれればどうなるか想像がつきます。
この日までの二年半、24時間、
いつもハツカはスタッフと過ごしてきました。
部屋から出ていこうとすれば、必死でしがみついてくるはずです。
だから、部屋から出る時の足音も、ドアの開閉の音も、
できるだけ音をたてないように、そーっと、そーっと。
そして、ひとり抜け…、ふたり抜け…。
最後に残ったスタッフも、
寝ているハツカを起こさないように、
腕枕からそーっとハツカの頭をはずします。緊張の一瞬!
…大丈夫!ハツカは起きてない! ふぅ。
ミサキとハツカの部屋の様子は、
スタッフの部屋から監視カメラで見られるようになっています。
監視カメラでその様子を見ていても、ドキドキしました。
「ハツカ、起きないで!」と皆で祈りました。
最後に残ったスタッフが部屋から出ていく時、
ミサキは目を覚まして、「え?なんでこの子(ハツカ)を置いていくの!?」
とでも言うような顔をしていましたが、
ハツカはぐっすりと眠っていました。
最後のスタッフもハツカに気付かれず部屋から出て、
とうとうハツカとミサキはふたりきりになりました。
このまま、朝まで気づかず眠ってくれればいいけど…。
しかし、心配はすぐにやってきました。
スタッフが部屋を出てから20分後。
ハツカが目を覚ましました。
ハツカはキョロキョロあたりを見回して、スタッフがいないことに気がつくと、
「フフフ…」と不安な声を出し始めました。
その声を聞いたミサキは、ハツカに手を差し伸べ「こっちへおいで」と言っているようです。
おぉ〜、ミサキ優しい!
でも、残念ながらハツカの不安はおさまりません。
「フフフ…」から一転、「キャーキャー!」と大声で泣き始めました。
ミサキは、「これは手に負えない」とばかりに、ハツカから遠ざかってしまいました。
不幸中の幸いか、
ハツカはワラの上に敷いてあったバスタオルの上に座り、
泣きやみました。
夜だったため、眠気が勝ったのか、
ハツカは馴染みのバスタオルを心のよりどころとして、再び眠りにつきました。
夜中じゅう、スタッフは交代で二人を観察しました。
朝方、ハツカはおなかが空いてきたのか、寝返りが多くなってきました。
本当ならまだまだ夜中もお母さんのおっぱいを吸っている時期です。
午前4時半。
スタッフがミルクを持って、ふたりが寝ているまだ暗い部屋に向かいました。
ハツカは、スタッフが来たことにも気付かず寝ていました。
ミルク用の穴のあいた隣の部屋からスタッフが声をかけると、
ハツカはかけより、寝ぼけたままミルクを飲みました。
そして、スタッフが立ち去ろうとすると、
事態を察したハツカは、力の限り泣き始めました。
それでも心を鬼にしてスタッフは去りました。
ハツカが泣いてパニック状態になるなかで、
ハツカがミサキにくっつこうとする場面もありましたが、
ミサキはぎゅっとつかまれると威嚇の声を出して怒りました。
双方の気持ちがなかなかうまくかみあいません。
幼いハツカの意地でしょうか。
ハツカはそのあと、ミサキのいるワラの上には行かず、
天井付近の格子にしがみつき、三時間以上も下りてきませんでした。
「スタッフ(お母さん)が自分と一緒にいてくれない」
「スタッフ(お母さん)が自分から離れていく」
これは、ハツカにとってかなりの試練です。
でも実は、ハツカを残して立ち去るスタッフにとっても、かなりの試練なのです。
「ハツカにかわいそうなことをしている」「ごめんハツカ」
どうしてもそんな気持ちを持ってしまいますが、そんな思いも断ち切らなければ、
それはハツカに伝わり、期待を持たせ、
その結果、つらさやさみしさを余計に長引かせることになります。
この日以降、ハツカの
「スタッフ(お母さん)がいないことの不安」
「スタッフ(お母さん)が離れていくさみしさ」からの
フィンパー(「フフフ」という悲しい声)や
スクリーム(「キャーキャー」という泣き声)は、
断続的に何日も続きました。
ミサキのとの関係にいい兆しも見えず、毎日ハツカの泣き声ばかりが響きます。
わが子のように愛情を注いで育ててきたハツカの悲痛な声は、
スタッフの心を複雑にしました。
本当の母親なら、我が子の泣き声におっぱいが張っていたかもしれません。
ミルクをあげに行くたびに、その短い時間の関わりの中で精一杯愛情を注ぎつつも、
“思いを断ち切って”、泣き叫ぶハツカを置いて立ち去らなければならないこの時期は、
とても辛いものでした。
毎日ウキウキとやんちゃに笑っていたハツカの顔から、
表情が消えました。
すっかり心を閉ざしてしまったようでした。
幼いハツカにとっては「絶望」の日々だったのかもしれません。
しかし、お見合いを始めて10日ほど経ったころ…。
ようやく明るい兆しが見えてきました。
(つづく)
前回、お伝えしたミサキとハツカを同居させるお見合いの取り組み。
(詳細は2010年12月のえにっき参照)
今回は、ハツカが人工保育になったその日から欠かさず記録を取り続けてきた、
「ハツカノート」から、お見合いの様子を詳しくお伝えしたいと思います。
**********
人工保育のハツカを母親のミサキと同居させることにした12月14日、午後5時。
群れの仲間と別れたミサキは、これからハツカと同居する“行動学実験室”という部屋に
入りました。
スタッフが他のチンパンジーのお世話を終えるまで、ミサキはこの部屋で
ひとりで待つことになりました。
類人猿研究センター(通称GARI)のチンパンジーは
群れで暮らしています。
日中は一緒に屋外運動場で過ごし、
夜間も全員同じ部屋で一緒に寝ています。

いつもなら午後7時にはみんなと一緒に寝ているミサキも、
この日は午後8時になっても、ひとり落ち着かずに
起きていました。
午後8時過ぎ。
スタッフは、ミサキ以外のチンパンジーたちの夕食と寝かしつけを終え、
いよいよこれからハツカを連れて、ミサキの待つ部屋に向かいます。
出発前、ハツカが2年間過ごしてきた
スタッフが集まる部屋“管理室”と、
チンパンジーたちの食事の準備をする“調理室”に
立ち寄り、ハツカを抱いて
2年分のお礼とお別れを言いました。
どちらも、人工保育でなければ来ることのなかった
「ヒトの世界」の部屋です。
ハツカが再びこの「ヒトの世界」に戻らずにすむのか、
もしかしたらお見合いがうまくいかず、すぐに戻ってくることになるのではないか…、
正直そんな不安がありました。
でも、「お見合いはうまくいく!」と期待を込め、
ミサキの待つ「チンパンジーの世界」の部屋へ向かいました。
午後8時12分。
スタッフ4人とハツカが、ミサキのいる部屋に行きました。
透明のパネル越しにミサキを見るなり、ハツカは腕伸ばしをして「オオオオ!」と
あいさつをしました。
ミサキは…?と言うと、「フーフー」と落ち着かない不安な声を出したかと思うと、
「ワオワオワオ!」と突然さわぎはじめ、パニック状態に…。
部屋の様子を見てみると、ミサキにあげた食べ物にはまったく手をつけていませんでした。
それほど、ずっと緊張していたのです。
午後8時16分。
ミサキのさわぎが少し落ち着いたところで、
ハツカを抱いたスタッフとほか3名のスタッフが、ミサキのいる部屋に入りました。
…と突然、ミサキはハツカに向かって吠えはじめました。
ハツカもびっくりしてミサキに吠え、
ピリピリとした空気が漂います。
ミサキが吠えながら、ハツカの顔に手を近付けると、
ハツカは「キャーーー!」と泣き叫びました。
さらにミサキは吠え続けました。
こんなパニック状態では、ミサキがいつハツカにかみついてもおかしくありません。
私たちにも緊張が走ります。
スタッフは、ハツカが攻撃されないようにしっかりと抱いて守りました。
スタッフの腕の中で、ハツカはぶるぶると震えています。
午後8時23分。
ミサキのパニックが少し落ち着いてきました。
ミサキがおもむろにハツカに手をのばすと、ハツカは慌てて逃げ、体を縮めました。
ハツカはミサキが怖いようです。
もしかしたら、ミサキの方もどうかかわってよいかわからないハツカのことが
怖いのかもしれません。
午後8時27分。
びくびくしていたハツカが、その場の雰囲気に慣れてきて、
次第にやんちゃになってきました。
それにひきかえ、ミサキは落ち着かない様子でスタッフにおんぶをせがみ、
相変わらず、何も食べようとはしません。
午後8時31分。
ハツカが調子にのりはじめました。
「夜なのに、今日はなぜかスタッフがいっぱいいて、
なんか楽しくなってきちゃった♪」
という感じで、わくわくがおさえられない様子です。
午後8時37分。
消灯。
午後8時41分。
ミサキは、ようやく落ち着きを取り戻したのか、
はじめて、スタッフひとりひとりの所へ行って顔を近付け、確認しはじめました。
ミサキが少し落ち着いた所で、ミサキにワラの上に横になるよう促し、
スタッフが腕枕をして添い寝をすることにしました。
でも、ミサキはまだまだ不安な様子。
しかし、ここでもハツカはひとりニコニコ顔でおおはしゃぎです。
午後8時59分。
ミサキが横になりながら、ようやくブドウをひとつぶ、ゆっくりと食べ始めました。
午後9時00分。
スタッフは皆、ふたりを寝かせようとしているのに、
ハツカだけは依然おおはしゃぎ中。
空気が読めないハツカ…。この先大丈夫?
なかなか興奮がおさまらないハツカを何とかしようと、
ハツカがいつも寝るときに使っていたバスタオルをワラの上に敷き、寝るよう促しました。
それでもすぐには落ち着かないため、ミルクを飲ませ、
ようやくうとうとしはじめたのが、午後10時です。
スタッフをはさんで両腕にミサキとハツカを寝かせました。
でも、ハツカはミサキのそばから離れたがり、
ミサキもハツカを手で遠くへおしやったり、
威嚇の声を出したりしました。
本当は親子なのに…。
この夜、ミサキとハツカが接触したのは、
寝ている時に互いのお尻がちょっぴりあたっただけです。
12月15日、午前1時00分。
冬の寒さが厳しいこの時期。室内がどんどん冷え込んできました。
スタッフは皆トイレをがまんしています。
やっと落ち着いてきた二人を見守るため、部屋の出入りはできるだけ避けたいからです。
夜中の冷え込みが増す中、スタッフ4人はビデオやノートで記録をとりながら、
狭い部屋でミサキ・ハツカと一緒に、ワラのベッドで一夜を明かしました。
この部屋を映す監視カメラの向こうにも、夜遅くまで他のスタッフが見守ってくれていました。
夜の間、何度かチンパンジーたちの寝室でさわぎがありました。
ミサキが急に群れからいなくなったため、
「そっちにいるんだろ!」と怒っているようです。
さわぎの度に、ミサキはそわそわしていました。
午前7時08分。
部屋に朝の光が差し込み、一気に明るくなってきました。
ミサキは一晩中眠りが浅かったようです。
もちろん私たちも…。
二人が起きました。
ハツカが朝のミルクを飲み終えると、
ふたりとも少し落ち着いた様子で、
お互いに体に触れるようになりました。
しばらくすると、ミサキがハツカにちょっかいを出し、
ふたりで追いかけっこが始まりました。
でも、なんだか楽しい雰囲気ではなく、ハツカにとっては、恐怖の追いかけっこのように見えましたが…。
その後、ミサキはハツカをくすぐり、ハツカも少し笑顔になりました。
決して、ほんわかした雰囲気ではありませんでしたが、少しだけ安心できました。
ミサキとハツカ、そして私たちスタッフがいるこの場面では、
二人とも問題なく過ごしていけそうな予感です。
でも、大きなハードルはこれから。
ミサキとハツカ、二人の結びつきを作るには、
スタッフがこの場から消えなければなりません。
ハツカは、人工保育になったその日から、スタッフから離れたことがありません。
スタッフが母親代わりになってから2年4カ月。
スタッフと離れるのは今回が初めてです。
ハツカが起きているときに、ハツカを部屋に残して、立ち去ることは容易ではありません。
スタッフが立ち去ろうとすれば、離れまいと必死でしがみついてくるからです。
私たちは、夜までこの部屋で一緒に過ごし、
この日の夜、ハツカが寝入った夜中に、そっとハツカを置いて出て、
ミサキとふたりきりにすることにしました。
ハツカの気持ちを考えると、想像しただけで心が痛みます。
でも、ハツカがお母さんと暮らせるようになるための第一歩。
いよいよ作戦決行です―――――。(つづく)